「数字は関係ありません」。ビジネスの場で、そういう言いきれる人は少ないでしょう。ストリートピアノの演奏がYouTubeで「200万回再生」を突破し、会社を辞めてピアノ1本に舵を切ったハラミちゃん。「再生数は気にしません」と話す言葉に、仕事や数字に対するひとつの価値観を知る機会になりました。(全4回中の2回)

人生初のストリートピアノ動画が100万再生!

── 幼少期からピアニストになろうと夢見て音楽大学に進んだ後、考え直してIT企業に就職。体調を崩して休職中、職場の先輩に誘われたストリートピアノがハラミちゃん誕生のきっかけになったそうですね。人生初のストリートピアノ、どんな気持ちで臨みましたか?

 

ハラミちゃん:休職中、外に出るのが怖かったのですが、ピアノを弾きに行くと思えたから外出できました。でも、ピアノの椅子に座るまではけっこう怖かったです。

 

人前なんて久しぶりだし、そもそも何年もちゃんと演奏していません。「どうなるんだろう」と不安もありましたが、ピアノの椅子に座って弾いてみると、アドレナリンが出て高揚感を感じました。そして演奏後には、すごくさわやかな気持ちになっていたんです。

 

── 話をきいているだけで、そのときのドキドキや喜びが伝わってきます。このときの『前前前世』の演奏動画が、YouTubeにアップされ注目されましたが、これは最初から考えていたことでしょうか?

 

ハラミちゃん:いえ、この演奏は人に見せるようなものではありませんでした。ストリートピアノに誘ってくれた先輩がたまたま撮影していて「YouTubeに上げていい?」と聞かれたんですが、最初はイヤだなと思ったんです。

 

でも「誰も観ないから大丈夫」って言われて、「そうか、確かにこんな誰も知らない人間がネット上に演奏動画を1本上げても誰にも観られないだろう」と、OKしました。

 

── その動画がバズって、いまや100万回以上再生されています。あとから振り返って、人生初のストリートピアノ動画のご自分の姿はいかがですか?

 

ハラミちゃん: アップロードされた動画を後で見たら、自分がすごくニコニコ笑っているのに気づきました。

 

人ってムリに笑顔になろうとしてもできないけど、本当に楽しいことをやっているときは無意識に笑顔になるんだな、って。これが、自分の進むべき道だと確信しました。

仕事を辞めてYouTuberに「視聴者数がゼロだったときも…」

── ハラミちゃんの確信どおり、その後のYouTube動画や配信を通して人生が大きく変化。でも、会社をやめてYouTube一本にしぼるまで迷いはありませんでしたか?

 

ハラミちゃん: 迷いましたねぇ。最初の1本目の動画はいきなりバズって、登録者があっという間に1万人突破。でも、これはまぐれというか、ネットの世界はそんなに甘くないとわかっていたんです。

 

まぐれで当たったからといって、それに人生をかけられないので、週末だけピアノの活動をしたり、働きながら副業でYouTubeをやっても面白いかなって考えました。

 

── YouTubeは副業という人も多いですね。ハラミちゃんがYouTube一本に賭ける気持ちになったのは、どういう変化があったのでしょうか?

 

ハラミちゃん:ストリートピアノに誘ってくれた会社の先輩から「人生笑顔になった回数が1回でも多いほうが勝ちだよ」という言葉をもらったんです。ストリートピアノを弾いている動画を見返すと、私の演奏を観ている人たちがすごくニコニコしています。

 

そう、私が笑顔になれる道はもう見つかっていたんです。それなら、気持ちやパワーをセーブせずに、思いきってすべての時間やパワーをここにかけるほうが、幸せになれる近道なのではと思いました。

 

就職してから働いてばかりだったので、少しですが貯金もありました。この貯金が尽きるまでやってみようと思ったんです。

 

── 会社の先輩の言葉に背中を押されて本格的に活動開始。YouTubeでは動画撮影以外に、生配信ライブにも挑戦。最初はなかなか視聴者も集まりにくかったと思いますが…。

 

ハラミちゃん:ちゃんと聴きにきてくれる人がいれば、人数が少ないのはなんとも思わなかったです。でも、最初のころ、“視聴者0人”だったときはさすがに、「壊れているのかな?」「本当に配信されているのかな?」と、家族に別室から視聴者として入ってもらって確認したりしました。

 

ひとりでも配信を聴きに来てくれたらありがたくて喜んでいましたが、どうすればもっと人が増えるんだろうというのも常に考えていましたね。

チャンネル登録者数は関係ない「見ている人がいる」

── 活動をはじめて4年たち、チャンネル登録数222万人、動画は1224本(2024年2月現在)に。数多くのYouTubeチャンネルが乱立する状況で、競争をのりこえての結果だと思います。

 

ハラミちゃん:自分の中では、競争だとはとらえていません。むしろ会社員時代のほうが、競争していたように感じるし、強い気持ちでやっていました。

 

自分でも不思議なのですが、YouTubeの活動は肩の力がすごく抜けています。多分、本当に楽しいことをやっているから、それだけで満たされてしまっているみたい。

 

ドレス姿のハラミちゃん

── YouTubeの世界だと、どうしてもチャンネル登録者数や動画の再生回数に注目が集まりますが、そこがメインではない、と。

 

ハラミちゃん:チャンネル登録者数が伸びても伸びなくてもどうでもいい、と言ってしまうと失礼ですが、大切なのはそこじゃないんです。ちょっと自分が売れても、そこが大事なんじゃない、自分が笑顔になれることが大事なんです。

 

── きっと休職やストリートピアノとの出会いなどで、価値観が変わったんですね。YouTubeを観る側は楽しいけれど、動画を配信する人は大変だな、皆さん燃え尽きないのかな、とずっと心配だったんです。

 

ハラミちゃん:この活動を始めてから目標をひとつ決めました。それは「目標を決めないことを目標にしよう」ということ。

 

これまで、ピアノのレッスンも会社員時代もずっと目標から逆算して頑張る人生でした。これからは、とにかく自分が笑顔になれることに全力で取り組み、目標にとらわれないようにしようと決めたんです。それからは、すごく気持ちが楽になって、数字がすべてじゃないと本当に思えるようになりました。

 

── 数字がすべてではない…。

 

ハラミちゃん:YouTubeの閲覧回数は「再生数」で表示されますが、バズると100万回くらいの再生数になったりします。

 

でも、たとえば再生数が5回でもすごいと思うんですよ。それも、5人に届いているということですよね。冷静にその一人ひとりのことを想像すると、動画を観てくれたというのはすごいことだと思います。

 

「10万再生」などとふつうに口にしますが、10万回も観られているなんて人の数を想像するとヤバいじゃないですか?ひとりで何回も観る人も含めて、数万人の人が、それぞれ必死に生きて生活するなかで、私の動画を1回でも観てくれるなんて、ものすごく奇跡的な確率ですよ。

 

こんなに忙しいなか、リラックスしたいときや通勤のときに私の動画にふれてもらえるなんて、「ひとりでも(観てくれる人が)いるなら」と言うのは大げさじゃないんです。そういう人たちがいるだけで、私は十分だと思えますから。

 

PROFILE ハラミちゃん

ポップスピアニスト。「ピアノを身近な存在にする」を目標に、2019年からYouTubeにて活動開始。YouTubeのチャンネル登録者数222万、動画総再生数7億回以上。日本全国、世界各地のストリートピアノへと出向き、YOSHIKIさん・広瀬香美さんなど多くの著名人とのコラボ。2023年、全国47都道府県ツアーで5万人を動員するなど活動の幅を広げている。

 

取材・文/岡本聡子 写真提供/ハラミちゃん